クロノグラフ -7枚の写真から-

 「写真は本来暴力的である」とはよく言われる言葉です。
 写真は、持続する時間の流れを切断し、写される人や風景を連続そのものである生から引き離し、ある瞬間の内に凝固させます。写真を撮られる際の微笑みや「Vサイン」は、このような暴力的な切断に抗う行為とみることもできそうです。
 私たちは写真を前にさまざまな言葉を紡ぎ出します。「あの場所は…」「この人は、私の母の弟の…」など、まるで写真が私たちから言葉を絞り出すかのように…。それらの言葉によって、写真は、やっと時間の厚みを持つことが出来ます。しかしその代償として、写真の時間はそれを見る現在から遠く離れた過去へと追いやられます。「あの時は…」「あの時代は…」といった風に。
 
 今回の作品では、観客は数枚の写真をビデオカメラを通して見ることになります。それら写真の平滑な表面は、ビデオカメラによって食い破られ、ある奥行きと深さを与えられます。その時、被写体である子供達のカメラを見つめる眼差しは、ある持続した時間と空間の中で私たちを見つめ始めます。それは過去の「いつか」でもなく現在でもない「どこでもない時間」、そして「どこでもない場所」とでも言えるものかもしれません。明治後期から現在までの、どこにでもいる、いたであろう子供達の視線は、私たちの視線と交錯し、現在に生きる私たちの時間を浸食し始めます。
 ガラス板に垂直に並べられた数枚の写真を2台のビデオカメラがスキャンしていきます。カメラは写真と私たちの距離を推し測るかのように、写真のフレームを超えて内部に、あるいはフレームから外へズーム・イン、アウトを繰り返し、上下に動き続けます。
 
【関連作品】
・作品「PENDULUM -振り子-
 1995年 旧龍池小学校(京都)
 1995年 アインドホーヘン市工場跡地(オランダ)
 1996年 旧赤坂小学校(東京)
 2006年 国際芸術センター青森(青森)
・展覧会企画「クロノグラフ」 真月洋子、渋谷敦志、羽生幸子
 1998年 京都芸術センター(京都)
・作品「反復-こんな夢をみた-
 2001年 旧十思小学校(東京)
・作品「Depth」
 2006年 国際芸術センター青森(青森)